一保堂茶舗

創業300年の歴史を誇る
京都でも指折りの老舗茶舗

古美術店や骨董品店、菓子舗などに混じって、町屋を改装したショップや飲食店が並び、新旧の趣が同居する京都市中心部の寺町通。二条通との交差点から少し北へ上がると、『一保堂茶舗』の重厚な店構えに目を奪われる。徳川吉宗が江戸幕府八代将軍に就いた翌年の1717(享保2)年、近江出身の渡辺利兵衛が茶や器を扱う店として開いた「近江屋」をルーツに、300年の歴史をもつ老舗茶舗の本店である。1846(弘化3)年には、山階宮から「茶、一つを保つように」と「一保堂」の屋号を賜り、170余年にわたって受け継いできた。
茶葉は京都近郊で栽培されたものを使用。野菜や果実と同じく茶葉の質は畑や年ごとに大きな差があるが、その良し悪しによってブレないように仕上げるのが、茶舗の役目だ。そのため、『一保堂茶舗』では、特定の農家と契約しない。その年で最も良質な茶葉を目利きして仕入れ、抹茶、玉露、煎茶、番茶の4種、約40銘柄の味や香りを独自のブレンドで仕上げている。ブレンド技術の高さや安定した味の提供においては、名茶舗が多い京都でも、一目置かれる存在だ。

旨み成分のアミノ酸を多く含み、まろやかな味わいが特徴の抹茶。一保堂の味で抹茶の魅力に開眼するファンも多い。

旨み成分のアミノ酸を多く含み、まろやかな味わいが特徴の抹茶。一保堂の味で抹茶の魅力に開眼するファンも多い。

そんな名店も、歴史と由緒ある茶舗の伝統を単に踏襲し続けてきたわけではない。京都の老舗に多くみられる、変革と進取の気鋭に富んだ取り組みは、『一保堂茶舗』が歩んだ足跡においても随所に見られる。
緑茶や紅茶の輸出を盛んに行っていた明治期、現当主の曾祖父である渡辺辰三郎氏は、それまで陶器の壺や甕だった輸送手段を、木箱の内側にブリキを貼った茶櫃に転換して品質保持と安全輸送を両立。また、昭和の戦後復興期に店を率いた現当主の父・正夫氏は、大家族から核家族へと変わってゆく時代の潮目を読み、品質保持と利便性の視点から小売の販売量を工夫した。200gや400g入り袋などの大口販売が主流だった時代に、100g入り袋を売り出し、客のニーズを掘り起こしたのである。いち早くデパートへの店舗展開を始めたのもこの頃だ。
時代の変化に柔軟に対応しながら、「茶、一つ」と向き合い続けた名店の当主たち。その真意は、美味しい茶を味わってもらいたいという、商魂とは別の純粋な思いである。

1.1905(明治38)年の京都本店。当時は、店舗前の寺町通を路面電車が走っていた。2.京都本店の店内。築100年以上の建物はもちろん、古い茶壺や茶櫃にも老舗の風格を感じる。3.手入れの行き届いた畑で丁寧に栽培された茶葉。

1.1905(明治38)年の京都本店。当時は、店舗前の寺町通を路面電車が走っていた。2.京都本店の店内。築100年以上の建物はもちろん、古い茶壺や茶櫃にも老舗の風格を感じる。3.手入れの行き届いた畑で丁寧に栽培された茶葉。

時代の波に流される
ことなく、
信念を一貫した現当主

しかし、時代とともに人々の生活様式や嗜好は変化し、ペットボトル入り緑茶飲料の普及も進む中、家庭で茶を淹れて飲む習慣はどんどん薄れていった。そんな逆境に追い込まれても、名店の当主は純粋な思いを様々な形で具現化し続けた。1995年、店員のレクチャーを受けながら客自ら急須で茶を淹れて飲む体験型の喫茶室を、現当主の孝史氏が本店内にオープン。2003年には、茶道など本格的な茶の嗜みに馴染みのない人でも気軽に抹茶を楽しめるよう、抹茶のスターターセット「はじめの一保堂」を販売した。その後も、急須で淹れた茶を持ち運べるタンブラー、高級茶を少量から試せる50g袋入りの玉露と煎茶、茶葉本来の味を手軽に楽しめる急須用ティーバッグ「三角茶袋」をはじめ画期的な新商品を、途切れることなく世に送り出し続けている。
そして2010年、『一保堂茶舗 京都本店』以外で初となる路面店『一保堂茶舗 東京丸の内店』をオープン。同時に、京都本店と東京丸の内店限定で淹れたての茶を持ち帰りできるテイクアウトサービスを始め、若い世代にも茶の魅力を訴求している。2013年には、国外初の路面店『Ippodo Tea, New York』をニューヨークに出店した。まだまだ海外では質の低い茶が多い中、茶葉の販売や店頭で淹れた茶のテイクアウトを通して、本物の味を発信。現地では『Ippodo』で茶を買うことがステイタスとなりつつあるという。

1.京都本店併設の喫茶室 嘉木。コンセプトは、「淹れるところからご自分で」。2.京都と東京、ニューヨークの路面店では、ポップなデザインのカップで淹れたてをテイクアウトできる。

1.ホットはもちろん、夏は涼しげなアイスでも楽しめる。2.京都本店併設の喫茶室 嘉木。コンセプトは、「淹れるところからご自分で」。3.京都と東京、ニューヨークの路面店では、ポップなデザインのカップで淹れたてをテイクアウトできる。

茶葉は未完成の〝素材〟
客が淹れて初めて完成する

体験型喫茶室や新規路面店のオープン、画期的な新商品開発などの取り組みは、茶の世界に新しいファンを呼び込んだ。そんな人々のリクエストに応える形で始まった「お茶の淹れ方教室」を、2006年から定期開催として本格的に始動。味わうだけでなく茶や器と向き合う時間を通じて豊かな暮らしを提案するワークショップ「お茶のある暮らし」をはじめとした様々な体験イベントも、不定期で開催している。また、企業や店舗の研修、知人とのお茶会など客の要望に応じて内容を構成するオーダーメイド教室や、パーティやイベントの場にスタッフが出向いて淹れたての茶でもてなすケータリング「どこでも一保堂」などのサービスも好評だ。
300年の歴史を重ねた今なお進行中の、変革と進取。茶葉の品質には絶対の自信をもつ名店でありながら、客に美味しい茶を味わってもらうための歩みを止めないのは何故なのか。それは、茶葉という商品はどれだけ良質で高級であっても、店に並んでいる時点では未完成な“素材”に過ぎないと考えているからだ。客の手に渡った茶葉は、客の手で淹れられて初めて『一保堂茶舗』の茶として完成するのである。つまり、京都屈指の名茶舗と称される店も、客があってこそ。如何に美味しく飲んでもらうかを追求するのは、真っ当なことなのだ。京都が日本の都だったはるか昔から本質を見極める客に支えられてきた、老舗の名店ならではの哲学だといえるだろう。

1.お湯さえあれば、どこでも気軽に抹茶が点てられる、抹茶スターターセット「はじめの一保堂」5,400円。2.美味しい茶の淹れ方、茶のある暮らしの楽しみ方などが学べる各種教室やイベントも開催。

1.お湯さえあれば、どこでも気軽に抹茶が点てられる、抹茶スターターセット「はじめの一保堂」5,400円。2.美味しい茶の淹れ方、茶のある暮らしの楽しみ方などが学べる各種教室やイベントも開催。

一保堂茶舗 京都本店

Address/京都府京都市中京区寺町通二条上ル
Tel/075-211-3421
営業時間/9時~18時(喫茶室 嘉木は10時~17時30分LO)
定休日/無休(正月除く、喫茶室 嘉木は年末年始除く)
Access/地下鉄東西線「京都市役所前」駅から徒歩約5分
地図
一保堂茶舗 京都本店

寺町二条から北へ少し上った所にある黒壁の店舗。見た目にも涼しげな白の暖簾は、夏限定。春秋冬は茶色の暖簾が架かる。

一保堂茶舗 東京丸の内店

Address/東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビル1F
Tel/03-6212-0202
営業時間/11時~19時
定休日/無休
Access/JR・東京メトロ有楽町線「有楽町」駅から徒歩約5分
地図
一保堂茶舗 東京丸の内店

仲通りに面した、東京丸の内店。京都本店同様に喫茶室 嘉木を併設するほか、会議やイベントで淹れたての茶を楽しめる東京丸の内店限定のポットサービスも。