和食を代表する料理として、老若男女問わず愛される天ぷら。魚介や野菜などの具材に衣を纏わせ、油で揚げるシンプルな料理は家庭でも馴染み深い。さらに、外食産業が盛んな現代においては、天ぷらをメインに据えた専門店も増え人気を博している。しかし名店と呼ばれる店のそれとは、似て非なるものだと言ってもいいだろう。
そう思わされるのが、1850年頃に創業した、老舗料亭にして天ぷらの名店である『一宝』だ。初代が油屋の副業として始めて以来、5代にわたって170年近い歴史を重ねている。その歴史の中で、マッカーサー、クリントン、ゴルバチョフをはじめとした世界的なVIPや、国内外の各界を代表する要人を迎えもてなしてきた。まさに、名店中の名店である。
しかし、『一宝』の名店たる所以は、顧客簿に名を連ねる錚々たる面々の存在だけではない。本物を追求し提供し続ける一貫した姿勢こそが、この店の真骨頂なのではないだろうか。極上の紅花油、四季折々の旬食材、熟練職人の調理による味や食感といった、天ぷらそのものに関わることはもちろん、店舗、設え、調度品、接客、サービスなどについても、一切の妥協なく本物であることを追求。その姿勢は、家族経営ならではの結束力の強さによって、大阪の本店だけでなく、東京、香港、シンガポールの支店においても同じように貫かれている。
そんな名店、しかも料亭となれば、敷居が高く一般客には手の届かない店というイメージだが、実はそうではない。昼は1万円から、夜は2万円からと決して手軽とは言えないものの、一度訪ねて“名店の本物”を体感してみれば、満足することは間違いないだろう。来店時は緊張の面持ちだった家族客が、帰り際には満面の笑顔でスタッフに感謝の言葉をかける光景が、その証しだ。その笑顔の数々こそ、名店の誇りなのである。
大阪/肥後橋
大阪都心の街なかにあって、周囲と異なる和の雰囲気を醸す『一宝 本店』。創業以降幾度かの移転を経て、1970年からこの地で歴史を重ねてきた。
一歩足を踏み入れると、料亭ならではの非日常な空気に背筋が伸びるが、「歴史や伝統に固執せず、お客様の楽しみを追求するのが一宝のおもてなしだと思っています」という女将さんの穏やかな笑顔に和まされる。入店後は、まず待合室へ通されてお茶を一服。座敷へ移って先附や前菜などをいただいた後、揚げ場を設えた専用の個室で天ぷらを堪能する。先々代の頃から受け継ぐ独自のスタイルもまた、期待や楽しみを高める演出なのだろう。
そんな一級のもてなしを提供しながら、肩肘張らず自然体で楽しませてくれるあたりにも、名店の粋が垣間見える。
東京/銀座
天ぷらや寿司においては、料理人ではなく職人と呼ぶことがある。東京・銀座の『一宝』で上方天ぷらの味を守る5代目の関勝さんも職人を自負する。
「天ぷらは食材を揚げるだけで、味付けもお塩やお出汁と、お客様のお好みです。だからこそ、食材の良さを最大限に活かす努力をするわけです」。職人でありながら、気むずかしそうな印象はなく、常にカウンターで客と相対してきた物腰の柔らかさがある。
「天ぷらはとてもシンプルです。良い食材を使うのは最低条件として、油が衣に残っていないか。そこに天ぷらの醍醐味があると思います」と話す5代目。シンプルであるがゆえに、職人として突き詰める面白さがあるのだ。