近年ブームを巻き起こしている、スパイスカレー。明確な定義はないものの、小麦粉を使ったルウやカレー粉などを使わず、スパイスをブレンドし、多彩な具材を自由に組み合わせた、日本独自の料理とされている。1980~90年代に大阪で創業した専門店がルーツといわれ、30年の間に多くの店が誕生して独自の進化を遂げてきた。
そんな大阪のスパイスカレー界で、2010年頃から本格的なブームを築いた店の、代表と称される名店がある。現在、大阪市内に3店舗、東京都内に2店舗を構える『旧ヤム邸』だ。
オーナーシェフの植竹大介さんは、小学生の頃にファミリーレストランで食べたカシミールカレーに衝撃を受けて以来、スパイスの研究に没頭。1999年に『旧ヤム邸』の前身となる「ヤムティノ」を構えた後、2011年に『旧ヤム邸 空堀店』をオープンした。スパイスカレー専門店としては異例の、毎日複数の日替わりメニューを提供するというスタイルを打ち立て、不動の人気と地位を築いていったのだった。
今では、日替わりや月替わりは店舗によって異なるが、多種多様な新メニュー展開は『旧ヤム邸』の十八番といえる。これは、コアなファンだけでなく、スパイスカレーに馴染みが薄い人たちにこそ食べてもらいたいという、「つくりて」と呼ばれる料理人の気持ちを形にしたものだ。そのために、「つくりて」たちは日々スパイスや食材と向き合い、試行錯誤を繰り返しながら新しいメニューを生み出し続けている。
スパイス自体の奥深さに加え、個性の強い店主が多い傾向にあることなどから、マニアックでストイックなイメージもあったスパイスカレーの世界。『旧ヤム邸』は、そんなイメージを独自のスタイルで払拭し、スパイスカレーを身近な料理として幅広い層の人たちに浸透させたのである。
大阪/空堀
2020年で9周年を迎えた空堀店は、『旧ヤム邸』の本丸的存在。メニューは、スパイスを効かせてサラっと仕上げたタイプと、自家製挽き肉で作るキーマタイプの2種類を軸に構成されている。
ベースとなるのは、豚骨や牛骨、鶏ガラ、ハーブなどを煮込んで旨味を凝縮させたブイヨン。さらに、鰹や昆布などから引いた和風出汁をブレンドし、誰からも愛される独自の味に仕上げる。店ごとに個性が異なる『旧ヤム邸』の中でも、和の要素が色濃い一軒だ。
築130年を越える純日本建築の建物や、小鉢を添えたお膳で提供するスタイルなど、メニュー以外でも和の雰囲気があふれ、くつろぎ感に満ちている。「ごゆっくりどうぞ」の言葉とともに出されるスパイスカレーのお膳は、新しいのにどこか懐かしい、ここだけの名品である。
東京/下北沢
サブカルチャーの発信地として知られる下北沢で、2017年7月にオープンした東京1号店。オープン当初から行列必至の人気店として大ブレイクした勢いは、まだまだ健在だ。
東京出店の背景には、多店舗展開やブランド強化といったビジネス的な考えがあったわけではない。あったのは、「食文化も人の気質も異なる東京で、空堀の『旧ヤム邸』をやってみたい」という、植竹さんら「つくりて」の挑戦心と遊び心だ。
当初は空堀店同様だった日替わりメニュースタイルこそ、月替わりへと変わったが、根底にある思いは不変。名店と呼ばれるようになった今なお、人気に胡座をかくことなく、その地でより多くの人に親しんでもらうための研究と努力が日々続けられている。