呼じろうの
いかにも仰々しい折り菓子ではなく、その場でパッとつまめるものをさらりと差し入れるのは、案外むずかしい。それが親しい間柄ならば、近所の精肉店のコロッケでもいいのだけれど、少々かしこまった場でもさまになる「品」があるもの・・・となれば、かなりの手みやげ上手でなければ、気負いのほうが先走って「粋」ではなくなってしまう。そんな難題に応えてくれるのが「呼じろう」の小いなりだ。
店主の徳永明広さんは元役者で、あの川谷拓三さんに弟子入りしていたという経歴の持ち主。 その経験から「休憩を取れない若い役者たちでもぱっとつまめて、女優さんもメイクをくずさずに食べられる」楽屋見舞いをイメージしたひと口サイズの小いなりを考案した。
揚げは徳永さんの故郷の近く、熊本県の「南関揚げ」。普通の揚げのような袋状にならないことから、ご飯を揚げで巻くユニークなスタイルが生まれた。 丁寧に油を抜いて風味豊かに味付けした揚げは、湯葉のように伸びてシコシコした食感が特徴。硬めに炊いた酢飯と香ばしい胡麻とのハーモニーも絶妙でなんとも後を引く味わい。 定番の胡麻と胡桃に加えて、新生姜、だだちゃ豆、タラコ、桜海老、ツブ貝、あん肝など季節で変わる具材も魅力で今日は何があるかなと、いやが上にも期待が高まる。
「もうちょっと食べたいな・・・という余韻をくすぐる、粋な味を心がけています。小いなり一本で看板を掲げるには、
どんな小さなことにも妥協や手抜きはできない。注文の電話を受けて、いなりを巻いて詰めて、包装して手渡すまで、すべてのことが食べて頂く瞬間に繫がっていることなので、
ちゃんと目が行き届くように一人でやれることをやりぬきたいと思っています」と徳永さんは語る。
持ち帰り専門店ゆえ、そんな舞台裏は目にする人こそ少ないが、封を開いた瞬間の佇まいがすべてを物語っている。
麻布十番の商店街の外れ。近所の人以外はほとんど通らない都会のエアポケットのような場所だが、取材中にも業界人とおぼしき人がタクシーで次々に乗り付け、注文した大袋を抱えてゆく。 と思いきや、ぶらり昼食を買いにきた風情のご近所さんや観光客もいて、麻布十番という街の懐の広さを目の当たりにするよう。
「この辺りは古くからの商店や工場があったり、東京の下町らしい風景が残っている。 今夏で3年目を迎えましたが、地域の祭りに呼んでもらったり、花見や運動会に使ってくれたり、皆さんにかわいがって頂いてます」。 粋を集めた小いなりが麻布十番名物となる日も遠くはなさそうだ。
京華堂利保の
2代目店主が考案した名物。与謝蕪村の俳句に登場する〝破れ傘〟をモチーフに、傘が化けて踊り出しそうな姿を茶目っ気たっぷりに表現している。見た目は大きなどら焼きのよう。ホールを8つに切り分け、添えられた黒文字を刺せば、足がついたかわいい傘に。
九州産の新鮮な地卵を使い、表面をきつね色に焼き上げた。そして粘り気のある丹波産の糸寒天と自家製あんで作る羊羹との組み合わせは、「大勢でいただくのが楽しい」と評判に。こちらは、明治36年創業の老舗和菓子店。しぐれ傘のほか、福々しい名前が縁起の良い豆菓子、福寶(1袋448円・税込)も人気です。
豚饅まつおかの
「松岡家では、昼ごはんとかにタコ焼き感覚で豚饅を食べていたんです。豚饅がおふくろの味って、めずらしいですよね(笑)」とは、店主の松岡元希さん。その横でせっせと仕込みをする母上が、ふふっと笑う。
神戸出身の達子さんが作る豚饅は、小ぶりなサイズで餡に赤味噌をしのばせた神戸風。けれど、ふかふかの皮はほんのりと甘く、タケノコなどの具材もちょっと大きめに刻まれた、ほっと安らぐ味わいの“お母ちゃんの豚饅”なのだ。
「甘いものをあまり食べない男の方にも喜ばれると思うし、サイズも小さめなので、手みやげおやつの選択肢に入れてもらえたらいいな」。手みやげとは、あの人にこんなひとときを過ごして欲しいな、と想像しながら選ぶもの。松岡さん家の豚饅で、どうぞほっこりしてもらおう。店先の木製ベンチに座って、贈り主もパクッとひとついただくことも。
マモン・エ・フィーユの
母親が子どものために手作りするお菓子は、粉っぽかったり、ところどころ焼きすぎだったり、少し野暮ったいところがある。でも子どもはその味を大人になっても忘れないものだ。
「私のお菓子の原点も母の味なんです」と語るのは、オーナーパティシエの松下奈保さん。パリのコルドンブルーで製菓を学んだ後、お母さまと京都でお菓子の販売を開始。6年後に神戸で店をオープンし、今も一番の人気を誇る「フレンチビスキュイ プレーン」は発酵バター、フランス産小麦粉、卵、砂糖だけで作るシンプルな焼き菓子だ。
鼻に抜けるバターの芳醇な香りと、軽快な歯触り、ホロホロとほぐれる口溶けは、母のレシピを元に、娘がパリで出合った本場の味に昇華させたまさに親子の合作。少しずつ焼き色が異なるので、1枚ずつ見比べるのも楽しいひととき。
そんなビスキュイをスタイリッシュな缶にギュッと詰めて、あの人へ。お菓子を通じて母が子の心の豊かさを育むように、大切な人に豊かな時間を過ごしてほしくなる1品だ。